2015年9月に起こった熊谷6人連続殺人事件。
加藤裕希さんはこの事件で妻と小学生の子ども2人を殺害されました。
犯人は一審では死刑判決が下ったものの、二審にて無期懲役という判決結果に…。
加藤裕希さんは埼玉県に対して賠償を求める裁判を行っています。
一体どういうことなのでしょうか?
今回は加藤裕希さんの活動やその判決結果についてご紹介していきます。

加藤裕希の経歴とプロフィール
- 名前:加藤裕希(かとうゆうき)
- 年齢:50歳
- 職業:化学メーカー工場勤務
- 趣味:自転車
遺族である加藤裕希さんは現在50歳です。
事件が起こったのは今から8年前の2015年。
事件当日は工場の日勤をしていたのだそう。
そのため事件に巻き込まれることは無かったのです。
もし自分が家にいたら、侵入者に気づき、家族を助けられたかもしれない。結果的に全員殺されたかもしれないが、一人残って生きるよりもその方が良かった。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20220409-OYT1T50224/2/
家族を1人残らず殺害されたのですからこう思うのも当然でしょう。
事件後は実家にて過ごしていた加藤裕希さん。
最初は実家から自宅に通って片付けをしたり、思い出に浸ったりしていたのだとか。
「自分が家を出たら3人の帰る場所が無くなってしまう」
事件後2年ほど経過してからまた家族で過ごした自宅に住み始めました。
3年ほどは会社を休んでメンタルケアを行いながら生活をしていたのだそう。
死を受け入れること、向き合う事は簡単なことでは無いですよね。
それでも残された遺族は生きていくしかないのです。
事件から今までの活動について
この事件の刑事裁判は終了しています。
最終的に犯人に下った判決は無期懲役です。
現在加藤裕希さんは埼玉県を相手に民事裁判を起こしています。
最初の殺人事件が起きたのは、男が熊谷署から逃走した翌日。埼玉県警は男を全国に「参考人」手配しましたが、男の逃走は公表されることなく、連続殺人に至りました。加藤さんは、警察が最初の殺人事件後、無差別殺人の可能性を周辺住民に周知し、警戒を呼び掛けていれば、被害は防げた可能性があると訴えています。
https://www.bs-asahi.co.jp/sunday_scoop/interview/112/
警察が注意喚起していれば今回の連続殺人事件は起きなかったのではないか。
加藤さんは埼玉県に対して訴えを続けています。
残された自分に出来ることを考えて活動をしているのです。
判決はどうなっているのか?
加藤裕希さん起こしている民事裁判は一審・二審ともに訴えを棄却されています。
一審の判決結果がこちら。
加藤さんは、情報提供しなかったことは警察権の不行使であり、違法であるとして慰謝料などを求め県(県警)を相手取り18年9月に提訴。しかし昨年4月に行われたさいたま地裁判決は「県警に情報提供の義務があったと認められない」と退けた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/927becb06ba198ebac97141c03b16c06a66c93da
そして一審から1年以上経過してから控訴審が始まったのです。
2023年6月27日に控訴審の判決が行われました。
27日の2審の判決で、東京高等裁判所の森英明裁判長は「事後的にみると、最初の殺人事件が発生したあとに、ジョナタン受刑者が周辺で同じような凶悪犯罪を起こす危険性が切迫していたといえるが、警察が当時、把握していた情報からそのことを具体的に認識していたとはいえない」と指摘しました。
その上で「重大事件が発生した初期の段階で、捜査の状況に応じて地域住民にどの程度の情報を提供するかは警察の裁量に委ねられていて、逸脱していたとはいえない」として、1審に続いて訴えを退けました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230627/k10014110771000.html
残念な結果になってしまいました。
これだけ訴えを続けているにも関わらず棄却とは…。
加藤裕希さんの気持ちは計り知れません。
自身の訴えが認められないことへの失望感から、最高裁へ上告するかどうかでも悩んでいた。
https://ovo.kyodo.co.jp/column/a-1887715
「やってもやらなくてもいずれ後悔するでしょう」
判決から約1週間後、弁護士事務所へ向かった裕希さんは再び闘う覚悟を決めた。
しかし、まだあきらめてはいないのです。
これからも家族の為に戦い続けることを決めています。
今後どういった判決になるのかは分かりませんが、
この活動が報われて欲しいと思います。
まとめ
熊谷6人連続殺人事件の遺族である加藤裕希さんについてご紹介していきました。
受け入れられない家族の死と向き合おうとしている…。
そして自分に出来ることを考え、埼玉県と戦っているのです。
一審・二審ともに訴えを棄却されてしまいましたがまだ終わっていません。
これからも家族の為に頑張って欲しいですね。