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【画像】小野田紀美の若い頃はモデルとシンガーソングライター?ゲーム制作も経験?

【画像】小野田紀美の若い頃はモデルとシンガーソングライターゲーム制作も経験

ハーフ美女議員と言われることもある

小野田紀美(おのだ きみ)さん。

若い頃はどんな方だったのでしょうか。

モデルやシンガーソングライターなど、

ユニークな経歴について調べてみました。

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目次
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小野田紀美の若い頃は?

モデルをしていた

若い頃にモデルをしていたことがある

小野田紀美さん。

モデル時代の詳細は公表していませんが、

小野田さんの公式サイトの情報を見ると、

大学生の頃にアルバイトとして

モデルの仕事をしていたことがわかります。

こちらのウェディングドレス姿は、

モデル業のための衣装のようですね。

小野田さんはTwitterで、

花嫁衣裳は仕事やミスコンで100回は着た

と、仰っています。

その中の1つのウェディングドレス姿のようですね。

抜群のスタイルと、

華やかな笑顔が印象的です。

本格的にモデル業をしていた?

このTwitterのコメントで気になるのが、

花嫁衣裳を100回は着た

というところです。

本業ではなくアルバイトだったようですが、

かなり本格的にモデル業をしていたことが伺えますね。

これだけの美貌をお持ちの方なので、

モデルとして幅広くご活躍されたのでしょうね。

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シンガーソングライターをしていた

小野田紀美さんは若い頃に、

シンガーソングライターだったこともあります。

上の写真は、

シンガーソングライター時代のお写真のようです。

ご本人が、

シンガーソングライターをしていた過去を

明かしている動画がありました。

オンラインゲームのイメージソングを作って歌っていた

と仰っていますね。

しかし、

名前が今と違うからバレないと思うけど

と仰っているように、

小野田紀美さんのシンガーソングライター時代の音源は、

残念ながら見つけることができませんでした。

芸名を使ってシンガーソングライターの活動をされていたのでしょう。

しかし、

このような過去を自慢するわけでもなく、

隠すわけでもなく、

自然に話されているところが素敵ですね。

ゲーム制作会社で働いていた

小野田紀美さんは、

ゲームやアニメが好きで、

「オタク」であることを公言しています。

そんな小野田さんは、

せっかく働くなら好きな仕事をしたい

と考え、

ゲーム制作会社に就職したそうです。

大学卒業後は、

・塾講師
・雑誌編集
・ショールームアテンダント

などのアルバイトなどをしていたという小野田さん。

その後に、

「株式会社アスガルド」というゲーム制作会社に就職し、

制作や広報PRとして働いたそうです。

2010年までこちらの会社で働き、

2011年に東京都北区議会議員に初当選しています。

しかしここで、

どうしてモデルやゲーム制作から政治家になったの?

と疑問に思う方は多いでしょう。

小野田さんの仕事は、

一貫性がないように見えますよね。

しかし実は、

多彩な仕事してきた理由は、

政治家になるため

だったそうです。

次の章で見ていきましょう。

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小野田紀美の若い頃に多彩な仕事をしてきた理由

すべては「政治家になるため」だった

https://onodakimi.com/profile/

小野田紀美さんの若い頃について調べてみると、

実にさまざまな仕事をしていたことがわかりました。

・モデル
・シンガーソングライター
・塾講師
・雑誌編集
・ショールームアテンダント
・ゲーム制作会社

一貫性のない職歴という感じがしますね。

しかし、

これらの仕事を選んだ理由は、

すべて「政治家になる」という夢のためだったといいます。

どういうことか見ていきましょう。

子供の頃から政治家を目指していた


https://onodakimi.com/profile/

こちらは、小野田さんの公式サイトに掲載されていた

小学校時代のお写真です。

一緒に写っているのは妹さんのようです。

子供の頃の小野田さんは、

テレビの中のヒーローに憧れ、

いつか自分の正義の味方になって悪と戦う!

と心に決めていたといいます。

しかし、小学生になる頃には、

・悪と戦いたくても、隠れた場所で悪い事が行われたら自分には手が出せないこと
・「正義の味方」という職業がないこと

このような現実を知ったそうです。

子供らしい可愛い考えのように思えて、

実はとても核心をついていますよね。

卑弥呼からヒントを得る

そんな小野田さんは、

偶然読んだ「まんが日本の歴史・卑弥呼」からヒントを得ることになります。

強く豊かな国を作った卑弥呼を見て、

そもそも悪事が起きない世の中を作ることが「正義の味方」だ!

と考え、

卑弥呼=政治家になる

という目標ができたんだそうです。

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政治家を目指すも難しさを知る

小学校で抱いた「政治家になる」という夢は、

大学時代までブレることはなかった小野田さん。

大学では政治を勉強しています。

しかし、

・地盤
・看板
・鞄

を一つも持たない自分は、

どうやって政治家を目指せば良いのか

と悩んだそうです。

地盤、看板、鞄(=三バン)とは、
日本における公職選挙で必要とされる3つの要素の比喩表現です。

政治家への道を模索するために

そこで小野田さんが考えたのが、

・タレント議員を目指してモデルなどの仕事をした

・25歳までは被選挙権がないので、
「それまでに色々な職種や業務形態で仕事をして社会を知ろう」と思い、
さまざまなバイトや派遣で働いた

このように、

政治家になる道を自ら切り開くために、

多彩な仕事を経験されたといいます。

小野田さんは、

このような若い頃を振り返り

「迷走していた」と感じているようですが、

すべてが今の政治家人生に繋がっているのかも

しれませんね。

小野田紀美の若い頃の姿が可愛い

ハーフ美人


https://onodakimi.com/profile/

小野田紀美さんは、

父親がアメリカ人
母親が日本人

のハーフで、アメリカ・シカゴで生まれ。

1歳の時に岡山県に引っ越してきました。

こちらは幼少期のお写真ですが、

すでに、

大きな瞳で可愛らしい顔立ちですね。

大学時代の頃


https://piehole.jp/onoda-wakaikoro/

こちらは大学時代の頃のお写真。

端正な顔立ちの小野田さんですが、

さらに若々しい美しさも感じますね。

大学でも目立つ存在だったのかもしれませんね。

21歳の頃

こちらは、21歳頃の小野田さん。

向かって右側の女性ですね。

一緒に写っている女性は、

当時19歳くらいだった妹さん。

お二人とも目鼻立ちがハッキリされていて、

美人姉妹ですね。

ミス・インターナショナルの時

小野田さんはモデル時代に、

ミスコンにも出場されていたそうです。

こちらは、

「ミス・インターナショナルのファイナリスト30人」まで

進出された時の集合写真です。

再残列の一番右の女性が小野田さんだと思われます。

21歳の頃です。

ファイナリストの方々ということでみなさん美しいですが、

小野田さんは一際輝いていますね。

現在の雰囲気とはちょっと違う

キュートな笑顔ですね。

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まとめ

今回はハーフ美人議員と言われる

小野田紀美さんの若い頃について

調べてみました。

若い頃から政治家を目指し、

様々な職業を経験していたことがわかりました。

これからもどんなご活躍をされるのか

期待したいですね。

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