俳優として多くの作品の活躍している、
和田聰宏(わだ そうこう)さん。
そんな和田聰宏さんは昔美容師だったと噂されていますが、
本当なのでしょうか。
また和田聰宏さんが俳優になったきっかけは、
先輩女性の一言がきっかけとも言われています。
今回は和田聰宏さんの美容師時代の、
エピソードについてご紹介したいと思います。
【画像】和田聰宏は昔美容師だった!?

俳優の和田聰宏さんは過去に美容師を目指していたことがありました。
残念ながら美容師時代の画像についてはありませんが、
俳優として活躍するようになった時の画像がこちらです。
和田聰宏さんは2000年に俳優デビューを果たし、
2002年には『アイフル』のCMに出演するように。
上記の画像は『アイフル』CMに出演していた時のものなので、
美容師時代の画像ではないもののとても近い時期の画像だと思います。
和田聰宏さんは福島県出身で福島県清陵情報高等学校に通っていました。
高校卒業後に地元から上京した和田聰宏さん。
実は和田聰宏さんの実家は農家のため、
和田聰宏さんが後を継ぐ話もあったようですが、
「美容師として仕事をして落ち着いたら家の仕事を手伝う」
という条件のもとで上京したと話していました。

上京してからは美容師の専門学校に通うようになった和田聰宏さん。
残念ながらどこの美容師の学校に通っていたかは不明ですが、
上京してから通ったということと、
渋谷のお店に勤めていたことから、
おそらく関東圏内の専門学校に通っていた可能性が高いかと思います。

和田聰宏さんは渋谷の美容院で約1年半仕事をし、
俳優になったことをきっかけに美容師の仕事からは離れてしまったようですが、
お子さんの髪の毛はカットしているようですね。

お子さんにとってもお父さんに髪を切ってもらえるなんて、
とてもすてきな機会ですよね。
和田聰宏が俳優になったのは先輩女性の一言の影響だった!

和田聰宏さんは美容師として仕事をしていたものの、
当時は同期の中でテストに合格するのか遅かったようです。
美容師の仕事はカットやカラーを行う印象が強いですが、
初めの頃はシャンプーのやり方を学ぶことが多いため、
当時和田聰宏さんは当時女性の先輩から厳しく指導され、
なかなか上達できず悔しい思いをしたこともあったとのことでした。

シャンプーの腕前については練習を繰り返して、
お客さんに褒められるぐらいまで上達することができたと話していました。
そんなときに和田聰宏さんの目に留まったのは塚本晋也監督の映画のオーディション。
和田聰宏さんはこのオーディションを受けたところ見事合格。
実際の撮影現場の空気感などに憧れるようになり、
自然に俳優を目指すようになった和田聰宏さん。
このオーディションがきっかけで勤めていた美容院は退職。

俳優としてはオーディションに合格したものの、
当時は事務所もなかなか決まらなかったため劇団に所属していました。
劇団に所属しながら稽古をする生活を送り、
その合間でホテルやラーメン屋さんなどのアルバイト生活を送る日々。
和田聰宏さんの実家は農家だとご紹介しましたが、
美容時になると言って上京したことから俳優業については話はしてなかったようです。
しかし当時の和田聰宏さんは『アイフル』のCMに出演。
このCMがきっかけとなり両親にも俳優業をしているのがバレてしまったそうですが、
当時は反対していた両親も応援してくれるようになったそうです。
両親はもちろん当時指導してくれた美容院時代の女性の先輩も、
和田聰宏さんの活躍を応援していてくれていると話していました。
高校を卒業し美容師の専門学校へ入学し、
専門学校を卒業して美容院で仕事をしていたため、
俳優としてのデビューは23歳となっています。

実は俳優の中で23歳でデビューというのは、
少し遅めの年齢のようです。
しかし美容師時代の経験がなければ、
俳優として活躍することもなかった可能性もあるので、
和田聰宏さんにとって美容師の経験は、
とても大きいものになっているのではないでしょうか。

まとめ
和田聰宏さんの美容師時代について、
まとめてみました。
美容師としては1年半と短い期間ですが、
当時の女性先輩に起こられたことをきっかけに、
オーディションを受け俳優となった和田聰宏さん。
今後の活躍にも注目したいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。